「踊る ことばたちが」(2007年12月22日発行)書評

★かつて小林秀雄は、モーツァルト」の音楽について書いたエッセーで、「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」という名句を吐いた。それと同じように「踊り」も一瞬一瞬で頂点に達し、次の瞬間には消えていく。 テレビでは録画ができることで、その疾走ぶりを追跡できるが、踊りはそんな巻き戻しはできない。まさに、「一期一会」であり、涙も感動も追い付けない。しかし、その踊りが生み出した劇場空間を共に生きているという共感は魂の中に刻み込まれる。それが最後の頂点に爆発する。その意味で、タイトルは言い得て妙。ここには踊りの本質が示されている。世界日報<新刊>

★モダンダンス界の第一人者・山田奈々子さんの初めての著作であり、絢爛たる半生のモノローグ。「踊りは止まることなく一瞬に流れ去る、潔く儚い。それでも、踊りを通して私のメッセージを舞台から発信し続けたいと思う」と、あとがきに書かれているように、この本は、その舞台の儚い一瞬を切り取った美しい映像をちりばめた、華麗な一冊。舞台での才能とともに、詩的な味わいに満ちた文章が随所に展開され、タイトルとなった「ことば」が、まさに「踊る」本となっている。 舞踊芸術

★1968年(昭和四十三年)のリサイタル以来、今も現役と芸暦の長いモダンダンスの雄、山田奈々子の舞台写真集に、折々の文章を加えた一冊。「踊りは止まることなく、一瞬に流れ去る、潔く儚い」もの、と自らは言うが、「舞台の一瞬を切り取った映像をちりばめる」この本は、記憶を呼び覚まし、記録に留める点でもなかなか貴重である。しゃれこうべをもてあそぶかと思うと、花魁姿ありで、その表情、姿態、シチュエイションの豊穣さがすぐ目に付くが、とりわけ、最初から美術スタッフだったワダエミに紹介されたという詩人吉原幸子台本、演出による「昼顔」「血櫻姫刺青」「高野聖」「春琴夢幻」「沙露姫」といった作品群は、日頃から、伝統と現代を融合し、芸術のジャンルの壁を取り払ってクロスオーバーさせ、トータルな空間を目指してきた「志」の記念碑的な成果と言えよう。公演ポスターのコレクション一つを取っても、デザインはワダエミ、田中一光、朝倉摂、林静一、村上祥子ら、題字は詩人の草野心平、会田綱雄、吉増剛造と、一流どころを集めて壮観だ。初リサイタルの半年後の68年暮れに他界した、父にして師の山田五郎の思い出。朗読の吉原、琵琶の半田淳子との3人でアメリカを巡演し「前衛にして古典的、情熱的にして抑制され、セクシーにしてクール」と評された86年珍道中。当節の環境破壊を予言していたかのように「自然に帰れ」を提唱したイサドラ・ダンカンの足跡を訪ねて、パリのペール・ラシェーズでの墓参から、ギリシャのコパナスの丘へ回った89年の旅。見える花は散るが、見えない花は散らない、という吉原への03年の追悼文などなど、内容は多彩にわたる。舞踊の創造は試行錯誤の繰り返し、悩み苦しみばかりだが、文字を綴る作業はひたすら楽しい、素人の大胆さ、怖いもの知らずのせいか、と言う。飼犬、飼猫への「無償の愛」ぶりも並大抵でなく、舞台の山田からは窺えない別の側面で、おかしくも微笑ましい。木村英二氏(音楽舞踊新聞)