(当時プログラムより)
豊饒の陰に
今年は自然が狂っていて夏が来なかった。華やかなTVコマーシャルにつづいて痛ましい災害や、事故のニュースが流れる。「花魁」の主人公夕菊は必至に生き、そして押しつぶされるように燃え尽きてしまった。この作品を作っていたある晩、夢を見た。現代の街角に立っている私の前に、白い着物・白髪の亡霊が現れ、せまって来た。怖ろしい目に射すくめられ腰が抜けそうになりながら”安らかに成仏して下さい”と祈り続けた。ふっと白髪は黒髪になり、若く美しい女の顔に変わっていくのに、ああ彼女は救われたとほっとして目がさめた。もちろん、この舞台はフィクションである。しかし、遊里に囚われたまま果てていき、遊女寺に無縁仏として葬られた数多い女たちのすすり泣きをきいたような気がした。今、日本に遊郭はなく、人々の生活は平和で豊かで活気にあふれているようにみえる。だが、その陰で自然も人間も少しずつゆがみ始めているのかもしれない。いのちは、はかない。だからこそ今日を強烈に生きたいと思う。